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聖徳太子像

 

聖徳太子像について


この聖徳太子の騎馬像は、長崎市平和記念公園の「平和祈念像」で有名な、日本を代表する彫刻家・北村西望(きたむらせいぼう)の作となります。またこの太子像の近くには、この国に初めて毘沙門天王が降臨し、聖徳太子に対面した地とされる「日本最初多聞天出現霊地」の石碑が立てられています。

太子と毘沙門天王、そして信貴山


聖徳太子は武人ではないものの、軍神である毘沙門天王と深い縁があります。
太子は仏教の隆盛に尽くした人物であり、排仏派であった物部守屋征伐の折に戦勝を祈願しました。その時、白髪の老人の姿で顕現した毘沙門天王を感得し、見事勝利を収めました。
この戦いの中、守屋からの矢を受けた太子が傷一つ負うこと無く、逆に射かけた守屋自身が蘇我の兵に射落とされるという顛末もあり、太子は毘沙門天王への信仰をさらに深くしていきました。
仏恩の為、太子は自ら彫りあげた毘沙門天王の像を伽藍に祀り、「信ずべし、貴ぶべき山」との意味でこの地を「信貴山」と呼びました。 また、毘沙門天王の偉大な力を称えるための大阪の四天王寺を建立するに至ります。
その後、聖徳太子が発した「仏教興隆の詔」によって官寺・氏寺の建立が盛んになると共に、信貴山もまた仏国浄土を構築し、ひとときの隆盛を得ました。

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